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せせらぎ、風鈴、そしてリンの音 ─耳に、何も求められない時間を

  • 執筆者の写真: reikoam88rin
    reikoam88rin
  • 7月19日
  • 読了時間: 4分

更新日:5 日前

風鈴、せせらぎ、蝉の声。日本人は昔から、涼しさを耳で感じてきました。

しかし今は情報過多の中、朝から晩まで応答を求めてくる音に囲まれています。


一方、自然の音は賑やかであっても疲れません。その違いはどこにあるのでしょうか。


せせらぎの中でのシンギング・リン®の音に思いを馳せながら、「耳に何も求められない時間」について考えてみました。



◾️ 日本人は涼しさを耳で感じてきた


子どもの頃の夏を思い出すと、その情景はいつも音とともにありました。


夜空に響く花火の音、盆踊りの賑やかさ、午後の縁側で鳴る風鈴の涼しげな音。

そして蝉の鳴き声──アブラゼミの鳴き声から、いつの間にかツクツクボウシに変わると、ああ、夏が終わっていくのだなと感じたものでした。


温度計の数字は変わらないのに、風鈴の音を聞くと少し涼しくなる。

日本人は、昔から涼しさを耳で感じてきたのだと思います。


打ち水の音、夕立の音、川のせせらぎ。

夏の暮らしの中には、耳で味わう涼がたくさんありました。




◾️ 耳は一日中働いている


現代は情報の洪水の時代だと言われます。


目の疲れについては、よく語られるようになりました。

ブルーライト、眼精疲労、スマホの見すぎ──目をいたわる方法は、いまや常識になりつつあります。


けれども、耳はどうでしょうか。

朝起きてから夜眠るまで、私たちの耳には絶え間なく音が届いています。

スマホの通知音、ニュース、会議での言葉のやりとり、街のアナウンス。


それらは、「確認してください」「理解してください」と、こちらに応答を求めてくるような音が非常に多いです。


耳は目のように閉じることができません。耳は一日中、休みなく働き続けているのです。



◾️ 自然の音は疲れない


熱帯雨林の中では、低い周波数から高い周波数まで、実にさまざまな音が高い密度で混ざり合っています。

虫の声、鳥の声、風、水音。音の量でいえば、静かとはとても言えません。それなのに、こうした音は聞く人の自律神経を整えると言われています。


せせらぎも、蝉時雨も同じです。音としてはむしろ賑やかなのに疲れない。むしろ休まる。

その違いは音の大きさでも、量でもなくーー


そう、自然の音は、こちらに何も求めてこないのです。応答しなくていい。理解しなくていい。ただそこに在って、ただ浸っていればいい。


そして、自然の音には「ゆらぎ」があると言われています。

規則的すぎず、不規則すぎず、心地よいゆらぎ。


心臓の鼓動や呼吸のリズムにも同じ性質があるそうで、私たちの体は、そういう音を懐かしいもののように受け取るのかも知れません。


一方、工事現場の繰り返される機械音などは、とても神経を疲れさせます。それらの音には、ゆらぎがないからなのでしょうか。



◾️ せせらぎの中で、リンを奏でる


私は、川のせせらぎのような水の音のとともに、シンギング・リン®の音を聴くのがとても好きです。


水の音は水の音として、リンの音はリンの音として、それぞれにはっきりと在りながら、ひとつの風景の中で美しく融け合っていく。


自然の音とシンギング・リン®の響きが融合するのを聴くのは、何とも言えない至福。もはや最初から瞑想状態に入っているようです。


シンギング・リン®の音は、幅広い多くの周波数の音が出ているにも関わらず、私には澄んだ音に聞こえます。人の可聴域を超える低い周波数から高い周波数まで、実にさまざまな帯域の音が響いています。


豊かなのに澄んでいる音。それは熱帯雨林の雑多な音の集まりが調和を形成している、そんな環境と、どこか通じるものがあるのかも知れません。


だからなのでしょうか。リンの音は、せせらぎとも、風の音とも、雨の音とも喧嘩をしません。自然の音と同じ側にいる音なのだと、奏でるたびに感じます。




◾️ この夏、ただ浸っていられる音を


応えを求められている音に囲まれて、耳は今日も働き続けています。


もし、長い時間ずっと何かを聞き続けていたなと気づいたら、少しの間だけ、応答のいらない音に耳を浸してみるのはどうでしょうか。


風鈴の音でも、夕立の音でも、川のせせらぎでも。もちろん、リンの音でも。


耳に、何も求められない時間を。


それだけで、体がゆるんでいくかも知れません。


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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